喋りすぎる猫

✤ミドル編✤

お花見では花見弁当を食べなければならないという呪縛から、50歳を過ぎてようやく解き放たれる

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お花見に行ってきました。
文字通り花を、桜を見に、近くのお城へ出かけて来ました。
自転車で出発し、駐輪場に停めて少し歩きます。
石段をよいしょよいしょと登り、満開まであと一息の桜を下から見上げたり、上から見下ろしたり。


あいにくの曇り空で、時間も午後3時を過ぎた頃でしたが、同じようにお花見散歩を楽しむ人で割と賑わっていました。
猿回し(お猿の大道芸)も来ていて、しばし見物。
まだ小猿のいちのすけ君がとっても可愛らしく、夫とわたしで千円ずつおひねりを投げてきましたよ。


こんなに心穏やかにお花見をしたのは、初めてのこと。
これでいいのよ。
桜の花を鑑賞して、春の訪れを感じるのが目的だもの。
今日はチューリップも咲いていたので、更に春っぽい。


思えば何十年も、お花見といえば花見弁当、バーベキューといったイメージにとらわれていました。
バーベキューまで展開しないまでも、敷物を持参し、桜の花の下でお弁当を広げる。
カップ酒を開ける。
どんなに小規模であろうと、それが正しいお花見であると信じ、実践してきました。


もうそういうのやめよう。
今年はそう思ったんです。
テレビのニュース番組でも「宴会をしているグループが減った」「ソロ花見も多く見られる」といったことを言っていて。
自然に流れに沿った感じ。
シンプルに桜を見て歩こう。
夫は例年通りに花見弁当を買う気でいましたが、「そんなもん買わないよ」と言ってやりました。


結果として、座る場所を探してさまようこともなく、どうってことない花見弁当に散財することもなく。
のんびり仲良く過ごすことが出来ました。
ゴミも出ないですし。
ほんとにこれでいい。


お花見はもともと、宮廷の行事だったそうですね。
奈良時代に梅の花を鑑賞していたことが始まりで、桜が主流となったのは平安時代のこと。
貴族の皆さんが桜を愛でながら歌を詠んだりして、なかなか風雅なイベントであったようです。
庶民にお花見文化が定着したのは、江戸時代とのことです。
このあたりから盛り上がっていったんでしょうね。
時代が下ると、庶民は歌など詠みませんから。
飲んで騒いでウェーイなお花見が、スタンダードになっていくのです。


しかしそれも、平成まで。
令和の世では、先ほど挙げましたように宴会派は減少の傾向にあるようです。
浮かれた人がいない、つまりは景気がよくないわけですから、喜んでる場合ではないのかもしれませんが。
わたし個人としては、昭和に幼少期を過ごし、平成に青春を謳歌、令和で落ち着きましたのでちょうどよいです。

 

ウェーイなお花見はもううんざりだけど。
豊臣秀吉が催した「吉野の花見」「醍醐の花見」などは、末端の招待客としてちょっと紛れ込んでみたいですね。
どちらも秀吉の権力、財力を誇示する政治的な意味合いが強かったとされるので、さぞかし贅沢なお花見だったことでしょう。
「醍醐の花見」では、京都の醍醐寺に700本の桜を移植したといいます。
さすが秀吉。
発想がえげつない。


秀吉は、大河ドラマで竹中直人さんが演じた秀吉がいちばん好きです。
沢口靖子さんのおねも素晴らしかったです。